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かげろうのにっき

かげろうの日記

堀 辰雄

「改造」1937(昭和12)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,890 字 · 60 页

青空文庫

と私の方へ取り次がせて置いて、そのまま物静かに木の陰にお立ちになって居られるその兵衛佐の御様子は、何とも言えず奥床しく、京ちかく覚えられる位であった。

「大へんお懐しいことです、どうぞこちらへおはいりなさいますように」と私はすぐお通し申させた。すると兵衛佐は勾欄にもたれて手水などされてから、こちらへおはいりになって入らしった。いろいろの物語のついでに「昔わたくしとお会いしたのを覚えていらっしゃいますか」と私がなつかしそうに訊くと「どうして忘れなどいたすものですか、確かに覚えて居りますとも。今こそこう心ならずも疎遠にいたして居りますが――」などとお答えなされて、それからそれへとその昔の頃の事を一しょになって思い出しながら、さまざまな物語を続けていた。が、そのうちに私がふいと物を言いかけて、何だか急に声が変になりそうな気がしたので、そのまま少しためらっていると、相手にもそれがおわかりになったものと見える。すぐには物も仰ゃられずにいたが、やっと兵衛佐は口を開かれて「お声までがそうお変りなされるのも尤もの事とは思いますが、もうそんな事はお考えなさいますな。