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かげろうのにっき

かげろうの日記

堀 辰雄

「改造」1937(昭和12)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,890 字 · 60 页

青空文庫

こうなってはもうどうにもしようがない、みすみす山を出て行かなければならない私は、自分なんだか他人なんだか分らないようなほどになっていた。……

大門を出ると、あの方も同じ車に乗って来られ、道すがら、いろいろ人を笑わせるような事ばかり仰ゃっていた。けれども、私は物も言う気にはなれなかった。一しょに乗っていた道綱だけ、ときどき笑を噛み殺しながら、それに内気そうにお答えしていた。

はるばると乗って、やっと家に着いたのは、もう亥の刻にもなっていた。

京では、昼のうちから私の帰る由を言い置かれてあったと見え、人々は塵掃いなどもし、遣戸などもすっかり明け放してあった。私は渋々と車から降りた。そうして心もちも何だか悪いので、すぐ几帳を隔てて、打ち臥していると、其処へ留守居をしていた者がひょいと寄ってきて「瞿麦の種をとろうとしましたら、根がすっかり無くなっておりました。それから呉竹も一本倒れました、よく手入れをさせて置きましたのですが――」などと私に言い出した。こんなときに言わずとも好い事をと思って、返事もしずに居ると、睡っていられるのかと思っていたあの方が耳ざとくそれを聞きつけられて、障子ごしにいた道綱に向って「聞いているか。