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かんかんむし
かんかん虫
有島 武郎
「白樺」1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,483 字 · 23 页
此の時ぴーと耳を劈く様な響きが遠くで起った。其の方を向くと船渠の黒い細い煙突の一つから斜にそれた青空をくっきりと染め抜いて、真白く一団の蒸気が漂うて居る。ある限りの煉瓦の煙突からは真黒い煙がむくむくと立ち上って、むっとする様な暑さを覚えしめる。労働を強うる為めに、鉄と蒸気とが下す命令である。私は此の叫びを聞いて起き上ろうとすると、
待て。
とヤコフ・イリイッチが睨み据えた。
きょろきょろするない。
宜いか、生じっか何んとか云って見ろ、生命は無えから。
長げえ身の上話もこの為めにしたんだ。
と云いながら、彼は始めて私から視線を外ずして、やおら立ち上った。胴の間には既に眼を覚したものが二三人居る。
起きろ野郎共、汽笛が鳴ってらい。さ、今日ですっかり片付けて仕舞うんだ。
而して大欠伸をしながら、彼は寝乱れた労働者の間を縫って、オデッサ丸の船階子を上って行った。
私も持場について午後の労働を始めた。最も頭脳を用うる余地のない、而して最も肉体を苦しめる労働はかんかん虫のする労働である。小さなカンテラ一つと、形の色々の金槌二つ三つとを持って、船の二重底に這い込み、石炭がすでに真黒になって、油の様にとろりと腐敗したままに溜って居る塩水の中に、身体を半分浸しながら、かんかんと鉄※(「金+肅」