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かんかんむし
かんかん虫
有島 武郎
「白樺」1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,483 字 · 23 页
私の心にはイフヒムが急に拡大して考えられた。どんな大活動が演ぜられるかと待ち設けた私の期待は、背負投げを喰わされた気味であったが、きびきびとした成功が齎らす、身ぶるいのする様な爽かな感じが、私の心を引っ掴んだ。私は此の勢に乘じてイフヒムを先きに立てて、更に何か大きな事でもして見たい気になった。而してイフヒムがどんな態度で居るかと思って眼を配ったが、何処にまぎれたのか、其の姿は見当らなかった。
一時間の後に二人の警部が十数人の巡査を連れて来船した。自分等は其の厳しい監視の下に、一人々々凡て危険と目ざされる道具を船に残して、大運搬船に乘り込ませられたのであった。上げて来る潮で波が大まかにうねりを打って、船渠の後方に沈みかけた夕陽が、殆ど水平に横顔に照りつける。地平線に近く夕立雲が渦を巻き返して、驟雨の前に鈍った静かさに、海面は煮つめた様にどろりとなって居る。ドゥニパー河の淡水をしたたか交えたケルソンでも海は海だ。風はなくとも夕されば何処からともなく潮の香が来て、湿っぽく人を包む。蚊柱の声の様に聞こえて来るケルソン市の薄暮のささやきと、大運搬船を引く小蒸汽の刻をきざむ様な響とが、私の胸の落ちつかないせわしい心地としっくり調子を合わせた。