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くろがねてんぐ

くろがね天狗

海野 十三

「逓信協会雑誌」1936(昭和11)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,616 字 · 18 页

青空文庫

虎松も招ばれて末座に割のわるい一役をつとめさせられたが、お開きと共に折詰を下げてイの一番に帯刀の邸をとび出した。彼は外に出ると、あたりを見廻した上で、塀に向ってシャアシャアと長い尿をたれた。

「オヤ、誰だッ――」

誰も居ないと思った虎松の背後を、スーッと人の通りぬける気配がした。彼は吃驚して尿をやめて背後を振りかえった。

「……」

そこに予期した人影が、不思議にも見当らなかった。ただ――それから一町ほど先で、カチリと金属の擦れあう疳高い音響が聞えた。

「な、なんだろう――今のは?」

通り魔か? 通りすぎた気配だけあって、姿のない怪人! 生命の満足に残ったのが虎松にとって大きな倖だったといえる。虎松は雪駄を帯の間に挿むと、足袋跣足のまま、下町の方へドンドン駈け下りていった。

「やあ、そこへ行くなあ親分じゃございませんか」

虎松はギョッとして暗闇に立ち止ったが、提灯の標を見て安心した。

「ほう、三太か。……いま時分何の用だ」

「へえ、これはよいところでお目に懸りやした。実はお上からのお召しでござります。なんでも、今宵辻斬天狗が大暴れに暴れとりますんで……。それにつきまして、これから帯刀様御邸へお迎えに出るところでござりました」