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このなつ
この夏
宮本 百合子
「週刊朝日」1925(大正14)年10月1日秋季特別号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,213 字 · 13 页
そこで、フダーヤは癇癪を起して私を起してしまわないため、よい仲間という名を全うするため、海水帽の鍔を風にはためかせ、釣れぬ釣に出かけるのだ。
――今に、私どもがテニスの稽古をしはじめたら、また当分、中流的しかつめらしさが癖になった土地の人々にゴシップと笑いの種を与えることであろう。
このような楽しみのほかに、私には上元気の午後三時頃、酔ったようになって盛夏の空と青葉の光輝とに見とれる悦びがある。東京にいて、八月の三時は切ない時刻だ。塵埃をかぶって白けた街路樹が萎え凋んで、烈しく夕涼を待つ刻限だ。ここも暑い。日中の熱度は頂上に昇る。けれども、この爽かさ、清澄さ! 空は荘厳な幅広い焔のようだ。重々しい、秒のすぐるのさえ感じられるような日盛りの熱と光との横溢の下で、樹々の緑葉の豊富な燦きかたと云ったら! どんな純粋な油絵具も、その緑玉色、金色は真似られない、実に燃ゆる自然だ。うっとり見ていると肉体がいつの間にか消え失せ、自分まで燃え耀きの一閃きとなったように感じる。甘美な忘我が生じる。
やがて我に還ると、私は、執拗にとう見、こう見、素晴らしい午後の風景を眺めなおしながら、一体どんな言葉でこの端厳さ、雄大な炎熱の美が表現されるだろうかと思い惑う。