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そのとし

その年

宮本 百合子

「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页

青空文庫

三尺の床の間には、五日前村を出るときかいた源一の寄せ書の日の丸旗やそのほか軍人の手廻りらしい茶鞄の荷物が積まれている。

坐布団と茶をもって現れた女は、人のいい表情で二人の寝姿を顧みながら、

「この方々も大分遠方から今朝五時にお着きました」

と云った。

「どうぞ御遠慮なくあなたもお横におなりませ」

お茂登は、西側の窓へ背中をもたせかけ、出された茶を啜りながら、何か張りつめた心持で、脚をのばす気にもならなかった。安宿でもない、さりとて普通ではないこの二階の遽しい空気が、今朝からお茂登のふれて来たあらゆるところに漲っていて、落付けないのであった。

やがて、下の玄関に重い兵隊靴の音がして源一が戻って来た。故郷の村からは何里も離れたこの都会の他人の家でも、幾晩かそこに寝おきした今は遠慮もとれた風で勝手にあがって来て、目を醒した若い二人に気軽くやあと云いながら帯剣をはずし、うるさそうに頸や顎をのばして、軍服の襟ホックをはずした。小皺の多い顔を上気させて、まじろぎもせず自分の一挙一動を見守っている母親に、源一は優しく目を走らせ、

「羽織なんぞぬいだらええに」

と云った。