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どぶろくげんそう
どぶろく幻想
豊島 与志雄
「群像」1952(昭和27)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,452 字 · 21 页
そしてあんなことで……。
「アジアの憂鬱……。」
口の中で言いかけて、俺はやめた。
不思議なのは、確かに夢ではなかったが、出かけてからこれまで、千代乃の名前が一度も出なかったことである。それで、その名前を聞いて俺はぴくりとした。
「もう千代乃は出て来ません。わたしは完全に一人きりです。」
地中に埋めたのは、アジアの憂鬱ではなく、千代乃だったのか。
周さんはまた饒舌りだした。
横浜に行って、一稼ぎするつもりである。それから、中国に一度帰りたい。紹興の近在に、伯父や伯母や兄弟が、たくさんいる。横浜にはまた戻って来る。その時は、紹興の本場物の老酒を、何十年も何百年もたった豊醇な老酒を、たくさんお土産に持ってこよう。そして酒好きな人たちに、ここへよく飲みに来た人たちに、贈物にしよう。みんな良い人ばかりだ。然し、街のボスたちはいけない。自分はもう千代乃についての怨みは忘れるつもりだが、それでも、ボスはいけない。日本にはもうこれからボスは少なくなるかも知れないが、その代り、ほかの嫌な奴が出て来るだろう。そんな奴が幅を利かせるだろう。日本は不思議なところだ。善良な人々と、邪悪な人々と、両極端に別れてるようだ。