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なよたけ

なよたけ

加藤 道夫

「三田文学 四・五月号、六月号、七・八月号、九月号、十・十一月号」1946(昭和21)年5月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 81,415 字 · 163 页

青空文庫

どこか人里離れた静かな山の中に、綺麗な家を一軒建てよう。軒には品のいい半蔀を釣るんだ。……家の周りには檜垣をめぐらしてもいい。それから、小ざっぱりした中庭を作ろう。切懸のような板囲いで仕切って、そいつには青々とした蔓草を這わせるんだ。中庭には、あちこちに夕顔の花が一杯咲く、……ねえ、なよたけ! 僕は夕顔がとても好きなんだぜ!

なよたけ 文麻呂、……そうすれば、あたし達は幸せになれるの? 今よりも、もっともっと幸せになれるって云うの?

文麻呂 なれるとも! きっとなれるとも! もう大空と僕達の間をさえぎるものは何もないんだ。天の恵みに充ち溢れたこの上もない幸福な生活なんだ。

なよたけ 文麻呂。……あたし達にはもう何も起らないんだわ。……もう。これから先、あたし達には何にも起らないんだわ。

文麻呂 僕もそう思う。……もう、僕達の幸福の邪魔をするようなことは、何も起らないんだ。

なよたけ そうじゃないの、文麻呂。あたしは、もうこれで何もかもが一度にみんな起ってしまったんじゃないかと思うの。何だかそんな気がするの。こんな幸福が一時にあたしを訪れて来るなんて!……あたし、何だかまるで、一生の幸福が一ぺんに来てしまったような気がするの。