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ひとごろし
ひとごろし
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1964(昭和39)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,607 字 · 45 页
「あたしがうかがいたいのはそんなことではないんです」とおようが云った、「思いきって云いますけれど、はしたない女だと思わないで下さい」
彼は「そんなことは思わない」と答えた。肝心の話にはいるまでの男女の問答は、およそ紋切り型であるし、退屈至極なものときまっているようだ。そこでその部分をはしょって、本題にはいることにしよう。
「あなたにはもう奥さまがいらっしゃるんですか」とおようがきいた。
「私にですか」と六兵衛はおどろいたように問い返した、「私が隠れもない臆病者だということは、初めての晩に話した筈です、そのため妹は二十一にもなるのに縁談もない、そんな人間のところへ来るような嫁がありますか」
「では結婚なすったことは一度もないんですのね」
六兵衛は黙って頷いた。
「でも」とおようは疑わしげにきいた、「お好きな方の二人や三人はいらっしゃるんでしょう」
「さてね」彼は恥ずかしそうに天床を見た、「家中随一の臆病者と、小さいじぶんから云われどおしでしたから、美しい娘を見ても、いそいで眼をそらしたり逃げだしたり、――私にはこれまで、好きな娘なんか一人もいませんでしたよ」