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ひとりすもう

ひとりすまう

織田 作之助

「海風 第三号」1938(昭和13)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,706 字 · 40 页

青空文庫

彼が大きな図体をしてガニ股でドスンドスンと部屋の中を歩きながら、ポロポロと赤い大きな鼻の脇に泪を伝わせて泣いている姿を見ると、ぼくは、この男は憎めぬ男だ、とふと思った。そして彼がぼくに石油をのめと言ったのは、本当に石油が肺病に効くと思いこんでいる彼が本当に親切心から言ってくれたのだろうと思った。そう思うと、彼がぼくに見せた親しみのある好意に満ちた態度も単に彼のお人善しの性質がそうさせたのではないかという気持になった。この男は決っして策略などを弄する様な男でないとぼくは考えた。恐らく今はこの場に明日子のいないことが、そう考える様になった原因の一つだったろう。とにかく、彼をそう思えることは、もはや二人だけその宿に残されている今となっては殊に嬉しいものだった。だが、彼をそんな風に思えば、自然、彼が明日子に就て言ったことを一層信じなければならないことになった。即ち、ぼくはその時迄彼の言葉を策略的なものと思ったが故になるだけそれを信じまいとして、しかもぼくが見た彼女の態度から考えて結局彼の言を信じなければならないのか、と不本意にも考えていたのだったが、彼を策略的な人間でないと思えば、もはやその時彼女を彼の言った通りの女と思うことは、その時のぼくの思考の方向から見て必然的なものとなってしまったのだ。