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ひとわれをこうしきしゅぎしゃとよぶ
ひと吾を公式主義者と呼ぶ
戸坂 潤
「中央公論」1937(昭和12)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,981 字 · 19 页
公式は大体に於て交叉による現物を限定する。丁度製図のようなものだ。
だがこの機能は決して科学や自然科学だけに特有なものではない。一切の思想も亦、この交叉によって進展する。思想の前進・着想・科学的想像力、どれもが大体このクロッシングの所産であることを注意しなければならぬが、こういう思想の労作なしには、一片の文芸も不可能なのだ。文学はよく云われるような思想のただの表現や血肉化や風俗化ではない。思想そのものを押し進め限定することが文学の第一課題なのである。之を仮にも文学以前などと称する者は、みずから文学への絶望を表白するものでしかあるまい。この思想の労作に思想の科学性があり、思想の価値があるのであって、そうでない思想は思想ではなくてただの固定観念にすぎない。そんな観念は邪魔にこそなれ何の価値もないものだ。こういう観念をしか思想と考えない文学は、思想を邪魔にして創作の障害と考える権利を有つだろう。
だから考えて来ると、文学にとっても、それによって思想の開拓が試みられる限り(そうでない文学は作者の楽屋裏では意義があっても大衆のものではない)、科学的公式が不可欠な要素でなくてはならぬ。