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ひとわれをこうしきしゅぎしゃとよぶ

ひと吾を公式主義者と呼ぶ

戸坂 潤

「中央公論」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,981 字 · 19 页

青空文庫

かりに前者を「創作」と呼び後者を「評論」と呼ぶことにしよう。――こういう高等学校風景の前には、竹内教授の公式主義は完全に敗北である。それで竹内博士は、高等学校の教授をやめて大学の教授になったように思う。

私自身について云えば、私は今まで曾て左翼公式主義者であったことはないようだ。所謂左翼公式主義者なるものがどんなに間抜けた判らず屋であったにしても、今日公式呼ばわりをするに汲々たる連中よりも真実があったと私は思っている。なぜというに、とにかく左翼公式主義者は公式を使って或る程度まで実際に問題を解いて見せたのに、今日公式呼ばわりしかし得ない連中は、問題が少しも解けずにウロウロしているからである。そこで手持無沙汰から、公式主義公式主義と口を揃えてわめき立てるが、それではその公式主義とは何を意味するのかと尋ねると、満足な返事の出来る人間は連中の中には現在まず一人もいない。単に左翼的であるとか科学的であるとかいう現象を、公式主義と呼んでいるのである。これでは公式主義がなぜわるいかと反問されたら、急に目を白黒させる他ないのが当然だろう。

かつては公式主義という鞭の言葉には慥かに或る真実があった。