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みちのき

みちの記

森 鴎外

「東京新報」1890(明治23)年8月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,251 字 · 15 页

青空文庫

六郎が祖父は隠居所にありしが、馳出でて門のあきたるを見て、外なる狼藉者を入れじと、門を鎖さんとせしが、白刃振りて迫られ、勢敵しがたしとやおもいけん、また隠居所に入りぬ。六郎が母を殺しし人は、今もながらえたり。六郎が父殺しし人の、一瀬なりしことは、初知るものなかりしが、故らに迹を滅さんと、きりこみし人々、皆其刀を礪がせし中に、一瀬が刀の刃二個処いちじるしくこぼれたるが、臼井が短刀のはのこぼれに吻合したるより露われにき。六郎が父の首は人々持ちかえりしが、彼素肌にてつき殺されし人は、ずだずだに切られて、頭さえ砕けたりき。木村氏はそのおり臼井の邸に向いし一人なりしが、刃にちぬるに至らず、六郎が東京に出でて勤学せんといいしときも、親類のちなみありとて、共に旅立つこととなりぬ。六郎は東京にて山岡鉄舟の塾に入りて、撃剣を学び、木村氏は熊谷の裁判所に出勤したりしに、或る日六郎尋ねきて、撃剣の時誤りて肋骨一本折りたれば、しばしおん身が許にて保養したしという。さて持てきし薬など服して、木村氏のもとにありしが、いつまでも手を空くしてあるべきにあらねば、月給八円の雇吏としぬ。