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みちのき

みちの記

森 鴎外

「東京新報」1890(明治23)年8月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,251 字 · 15 页

青空文庫

今年の初、欧洲人雪を侵して越えしが、むかしより殆ためしなき事とて、案内者もたゆたいぬと云。

廿四日、天気好し。隣の客つとめて声高に物語するに打驚きて覚めぬ。何事かと聞けば、衛生と虎列拉との事なり。衛生とは人の命延ぶる学なり、人の命長ければ、人口殖えて食足らず、社会のためには利あるべくもあらず。かつ衛生の業盛になれば、病人あらずなるべきに、医のこれを唱うるは過てり云々。これ等の論、地下のスペンサアを喜ばしむるに足らん。虎列拉には三種ありて、一を亜細亜虎列拉といい、一を欧羅巴虎列拉といい、一を霍乱という、此病には「バチルレン」というものありて、華氏百度の熱にて死す云々。これはペツテンコオフエルが疫癘学、コツホが細菌学を倒すに足りぬべし。また恙の虫の事語りていわく、博士なにがしは或るとき見に来しが何のしいだしたることもなかりき、かかることは処の医こそ熟く知りたれ。何某という軍医、恙の虫の論に図など添えて県庁にたてまつりしが、こはところの医のを剽窃したるなり云々。かかることしたり顔にいい誇るも例の人の癖なるべし。おなじ宿に木村篤迚、今新潟始審裁判所の判事勤むる人あり。