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もののかげ

ものの影

豊島 与志雄

「心」1952(昭和27)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,794 字 · 18 页

青空文庫

田中さんは衆人にかこまれながら、燃え上る炭俵を見つめていた。一人の警官が、その手を押えていた。

田中さんは大きな声で叫んだ。

「ここで、何事が起ったか、私は知ってる。」

ちょっと息をついた。

「亡霊の影が出ることも、私は知ってる。」

またちょっと息をついた。

「葦なんか茂らしておくからだ。」

警官をちらと見た。

「警察の怠慢だ。だから私が、葦を焼き捨ててやるのだ。」

彼はあたりをぐるりと見廻した。そして彦一の顔に眼をとめた。

「うむ、丁度よく来たな。あとは君が焼くんだ。」

そして彼は安心したのか、もうけろりとした表情で、警官から導かれるまま、近くの警察派出所へおとなしくついて行った。

数名の人々が後に続き、彦一も一番後からついて行った。

派出所の中で、彼は前と同じようなことを数言怒鳴った。それきりで、もう口を利かなかった。彦一の方は見向きもしなかった。

彼の身内の者らしい若い男と、町内の有力者らしい老人とが、警官にしきりと何やら釈明していた。一通りの調書を取られて、彼はその二人に守られ、先に立ってすたすた歩み去った。

別に危険な狂人というわけではなかったのだ。