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わがぶんがくしゅぎょう

わが文学修業

織田 作之助

「現代文学」1943(昭和18)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,981 字 · 6 页

青空文庫

「かのおとめ」と訂正して読まれた。

戯曲ではチェーホフ、ルナアル、ボルトリッシュ、ヴィルドラック、岸田国士などが好きで、殆んど心酔したが、しかし、同じクラスに白崎礼三という詩人がいて、これと仲が良く、下宿も同じにしていたくらいだったから、その感化でランボオやヴァレリーやマラルメを読み、その雰囲気から戯曲を書いた。従って実に変梃な戯曲を書いていたようだ。十九から二十五まで七年の間に、四つ戯曲を書いた。そのうちの二つは、三高の五年生の時に、もう東京帝大へ行っている友人らとはじめた「海風」という同人雑誌に発表したが、問題にされなかった。

大学へ行かず本郷でうろうろしていた二十六の時、スタンダールの「赤と黒」を読み、いきなり小説を書きだした。スタイルはスタンダール、川端氏、里見氏、宇野氏、滝井氏から摂取した。その年二つの小説を書いて「海風」に発表したが、二つ目の「雨」というのがやや認められ、翌年の「俗臭」が室生氏の推薦で芥川賞候補にあげられ、四作目の「放浪」は永井龍男氏の世話で「文学界」にのり、五作目の「夫婦善哉」が文芸推薦になった。

こんなことなれば、もっと早く小説を書いて置けばよかったと、現金に考えた。