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わがちち

わが父

宮本 百合子

「中央公論」1936(昭和11)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,314 字 · 19 页

青空文庫

私はそれをきいて、朝からしめっぱなしの家の雨戸をそのまんま、やって来たところなのだった。

何だか、じゃあまた来直おそうという気もしないで、賑やかに幾分仰々しい出仕度を眺めてそこに立っていた。すると父は自分の方を人まかせにしながら、

「ああ紹介しよう」

と、こちらは××の誰さん、

「娘です」

と云った。私はその人と改めて挨拶をした。父はそのとき少し浮立って見える程であった。そして、××君とその客の名を呼びかけ、二言、三言今は思い出せないが何か単純な冗談めいたことを云った。父は自分から興にのってそれを云ったのだけれど、当の若い客の方は、いかにも長上に対する儀礼的な身のこなしで片足を引きつけるようにして、無言のまま軽く優雅に頭を下げることでその冗談に答えた。

些細な場面であるが、ふだんそういう情景から離れて暮している私にとっては、胸にのこされるものがあった。その若い客が本来父に対してもっている顔付、感情はそのひとが下を向いていた瞬間だけその顔に閃いたことを父はまるで心付いていなかった。自分とその客との間にある内面的な距離等と云うことには一向頓着しない晴々した陽気さで、返事をされない冗談を云いながら父はその客と連立って夜の自動車で出て行った。