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わがちち

わが父

宮本 百合子

「中央公論」1936(昭和11)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,314 字 · 19 页

青空文庫

我知らず私も声を低め、

「どんな?」

「プラチナの懐中時計が二つとも見えなくなっているから、お前が持って行ったのかと思っていたよ」

「知らないことよ。……本当に見えないの?」

びっくりして私は少し高い声を出した。父には私のびっくりした表情が意外だったらしく、

「お前じゃなかったのか」

と、私の顔を見直した。

「私じゃないわ……いやだわ、お父様ったら! お盗られになったのよ」

「……ふうむ。……お前じゃなかったのか。俺はまた可愛いお前がそんなに貧乏して俺にも云えないでいるのかと思った……あれは、どっちも蓋の裏に字が彫ってあるんでね、そこまでは、どうせ気がつかないだろうと思って実は心配していたよ」

父はいかにも気が楽になったという顔つきで私の手を自分の手の中へとった。そして情をこめてもう片方の手で上からそれをたたくようにした。

「どうもそうわかって見ると俄かに惜しくなって来た。どいつが盗ったのか、怪しからん奴だ」

その二つの時計は父が畳廊下の小物箪笥の引出しに入れておいたのを、いつの間にか誰かに持ち出されてしまっていたのであった。今だに誰の仕業だか分らない。時計は正確ならそれで十分だと云って、父はそれから無事にのこったプラチナの鎖の先にクロームの胴をくっつけて使っていたのであった。