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わがまち

わが町

織田 作之助

「文藝 第十巻年十一号」改造社、1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,869 字 · 52 页

青空文庫

あれほど銭勘定やかましかった他吉が、ついぞそのことに気がつかなかったのは、まるで嘘のようであったが、君枝もまた余程うかつで、ただ他吉のいいなりに、只同然の給料で十年黙黙と下足番をして来たのだ。つまりは、ベンゲットの工事は日給の一ペソ二十五セントだけを考えていては到底やりとげる事は出来なかったという他吉の口癖が、いつか君枝の皮膚にしみついていたのだろうか。ベンゲットで苦しんだ、どんな辛さにもへこたれなかったという想いだけが、他吉の胸にぶら下るただひとつの勲章で、だから、せえだい働けば良いのだ、人間は働くために生れて来たのだという日頃の他吉の言葉は、理窟ではなかっただけに、一そう君枝の腑に落ちていたのだった。

ところが、電話機消毒商会では、見習期間の給料が手弁当の二十五円で、二月経つと三十円であった。なお、年二回の昇給のほかに賞与もあり、契約勧誘の成績によっては、特別手当も出るという。尋常を出ただけにしては、随分良い待遇だと君枝はびっくりしたが、その代り下足番の時とちがって、仕事は楽ではなかった。

朝八時にいったん事務所へ顔を出して、その日の訪問表と消毒液をうけとる。