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アド・バルーン
アド・バルーン
織田 作之助
「新文学」1946(昭和21)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页
それというのも、もうそのころには、おれは父親に可愛がられていないという気持がそうとう強くこびりついていたからです。しかし、今は違います。今の私は自分ははっきり父親の子だと信じております……。
よくはおぼえていないが、最初に里子に遣られた先は、南河内の狭山、何でも周囲一里もあるという大きな池の傍の百姓だったそうです。里子を預かるくらいゆえ、もとより水呑みの、牛一頭持てぬ細々した納屋暮しで、主人が畑へ出かけた留守中、お内儀さんが紙風船など貼りながら、私ともう一人やはり同じ年に生れた自分の子に乳をやっていたのだが、私が行ってから一年もたたぬうちに日露戦争がはじまって主人が出征し、畑へはお内儀さんが出た。しかしいくら剛気なお内儀さんでも両手に乳飲子をかかえた畑仕事はさすがに手に余ったのでしょう。ある冬の朝、下肥えを汲みに大阪へ出たついでに、高津の私の生家へ立ち寄って言うのには、四つになる長女に守をさせられぬこともないが、近所には池もあります。そして、せっかく寄ったのだから汲ませていただきますと言って、汲み取った下肥えの代りに私を置いて行ったそうです。
汲み取った下肥えの代りに……とは、うっかり口がすべった洒落みたいなものですが、ここらが親譲りというのでしょう。