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アド・バルーン

アド・バルーン

織田 作之助

「新文学」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页

青空文庫

もっともその三年の間、せっせと金を貯めて、その金を持っておおぴらに文子に会いに行こうと思わなかった日は、一日とてなかった。宿の女中などと関りあいを持ちながら、けっして夫婦にならなかったのも、もちろん文子のことが頭にあったからでした。

ところが偶然というものは続きだしたら切りのないもので、そしてまた、それがこの世の中に生きて行くおもしろさであるわけですが、ある日、文子が客といっしょに白浜へ遠出をしてきて、そして泊ったのが何と私の勤めている宿屋だった。その客というのは東京のあるレコード会社の重役でしたが、文子はその客が好かぬらしく、だからたまたま幼馴染みの私がその宿屋の客引をしていたのを幸い、土産物を買いに出るといっては、私を道案内にしました。そして、二人は子供のころの想い出話に耽ったのですが、文子はふと私の話上手に惹きつけられたようだった。その宿は庭からすぐ海に出られるので、客の眼をぬすんでは、砂の白いその浜辺に出て語りました。よしんば見つけられても、客引という私の身分が弁解してくれるので、いわば半分おおっぴら。文子が白浜にいる三日というものは、私はもうわれを忘れていました。