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アド・バルーン

アド・バルーン

織田 作之助

「新文学」1946(昭和21)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,390 字 · 53 页

青空文庫

家を出て、表門の鳥居をくぐると、もう高津表門筋の坂道、その坂道を登りつめた南側に「かにどん」というぜんざい屋があったことはもう知っている人はほとんどいないでしょう。二つ井戸の「かにどん」は知っている人はいても、この「かにどん」は誰も知らない。しかし、その晩はその「かにどん」へは行かず、すぐ坂を降りましたが、その降りて行く道は、灯明の灯が道から見える寺があったり、そしてその寺の白壁があったり、曲り角の間から生国魂神社の北門が見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の巻物をくわえた石の狐を売る店があったり、簔虫の巣でつくった銭入れを売る店があったり、赤い硝子の軒灯に家号を入れた料理仕出屋があったり、間口の広い油屋があったり、赤い暖簾の隙間から、裸の人が見える銭湯があったり、ちょうど大阪の高台の町である上町と、船場島ノ内である下町とをつなぐ坂であるだけに、寺町の回顧的な静けさと、ごみごみした市井の賑かさがごっちゃになったような趣きがありました。

坂を降りて北へ折れると、市場で、日覆を屋根の下にたぐり寄せた生臭い匂いのする軒先で、もう店をしもうたらしい若者が、猿股一つの裸に鈍い軒灯の光をあびながら将棋をしていましたが、浜子を見ると、どこ行きでンねンと声を掛けました