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アンゴウ

アンゴウ

坂口 安吾

「サロン別冊 特選小説集・第二輯」1948(昭和23)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,249 字 · 23 页

青空文庫

「あなたが、どなたかに貸して、忘れて、それが売られたのでしょう」

と、タカ子は平然と言った。

もとより、その筈はあり得ない。出征直前にわが家へ戻ってきた本である。

タカ子は失明している。目こそ表情の中心であるが、その目が失われるということは、すべての表情が失われると同じことになるかも知れない。すくなくとも、目のない限りは努力によって表情を殺すことは容易であるに相違ない。タカ子の顔から真実を見破ろうとする自分の努力が無役なのだと矢島はさとらざるを得なかった。

然し、まだ方法は残っていた。こゝまで辿ってきた以上は、つくせるだけの方法をつくして、やってみようと彼は思った。

矢島は本を買った神田の古本屋へ赴いて本の売り手をきいてみた。帳簿になかったけれども、店主は本を覚えていて、それは売りに来たのじゃなくて、通知によって自分の方から買いに出向いたものであり、どこそこの家であったということを教えてくれた。

そこは焼け残った、さのみ大きからぬ洋館であった。

主人は不在で、本の出所に答えうる人がなかったが、勤め先が矢島の社に近いところだったから、そこを訪ねて、会うことができた。