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キャラコさん

キャラコさん

久生 十蘭

03 蘆と木笛

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,236 字 · 43 页

青空文庫

キャラコさんは、うしろから突かれてとうとう演壇から二列目の椅子のところまで押しだされ前の人の背中に隠れるようにして坐っていた。

定刻になって、司会者のながながしい紹介が終ると、とどろくような拍手が起こり、佐伯氏が茜さんに手をひかれて、演壇あがってきた。

昂奮しているせいか、いつもより顔の色が悪く、ソワソワして、まるっきり落ち着きがなかった。水差しの水を一杯飲んでふるえるような手つきで唇をぬぐうと、聞きとりにくいほどの低い声ではなしはじめた。

「……南京城攻略戦は、……南京城壁、東南方から開始されまして、……十日の午後五時、脇坂部隊は、工兵部隊の決死的城門破壊と間髪を入れず、光華門の一角を占領……」

声がとぎれて、何をいっているのか最後のところははっきりと聞えなかった。顔が土気色になり、ハンカチを出してはしきりに額をぬぐう。倒れるのではないかと思って、キャラコさんは、気が気でなく伸びあがって佐伯氏の顔ばかり見つめていた。

佐伯氏は演壇に両手をついて首を垂れていたが、しばらくののち、顔をあげると、つぶやくような声でつづけた。

「……午後五時廿分、山際、葛野両勇士麾下の決死隊士によって光華門城頭高く日章旗が掲げられますと、伊藤中佐につづいて、……われわれ……」