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キャラコさん

キャラコさん

久生 十蘭

05 鴎

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,972 字 · 66 页

青空文庫

ルビンシュタイン先生がいつもそうおっしゃるの、と、その友達が話してきかせた。

音楽にすぐれた才能をもち、どの青年よりも謙譲で優雅だったというその保羅さんが、市井の無頼漢のように、床の上に酔いつぶれているのは、あさましいというよりは、なんともいえないはかなさがあった。

(このごろは、もう、ピアノなんかもよしてしまったのにちがいないわ)

食堂のとなりの客間へはいって見ると、楽譜を取り散らした隅のほうの床の上に、ピアノが置かれてあった痕がはっきりと残っていた。そこに、三オクターヴほどの、ミシンのような恰好をしたオルガンがすえられてあって、反りかえった鍵盤の上に、曇り日の朝日が、ぼんやりした薄い陽だまりをつくっている。

キャラコさんは、踏板を踏んで、そっと鍵盤を押してみた。

オルガンは、ぶう、と気のめいるような陰気なうめき声をあげた。その音は、食堂で酔いつぶれている保羅さんの寝息といっしょになって、なんともいえぬ佗びしい階音をつくる。

キャラコさんは、説明しがたい深い憂愁の情にとらえられた。心は重く沈み、強い孤独の感じが襲いかかった。レエヌさんが、『不幸なあたしたち兄妹』