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キャラコさん

キャラコさん

久生 十蘭

07 海の刷画

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,122 字 · 29 页

青空文庫

右手に、三浦半島のゆるい丘陵がつづいている。その遠い遠い沖合いに、一風変わった赤い帆のヨットが浮んでいる。原色版のナポリの風景などでよく見る『ファルファラ』という、蝶々のような恰好の帆をもった、この辺ではあまり見かけないヨットである。

この風変りなヨットは、きまった時間にどこからかやって来て、江の島の聖天島と稲村ヶ崎を底辺にする、正三角形の頂点で錨をおろし、二時間ほどそこに停っていて、それからまたどこかへ行ってしまう。

毎朝、十時から十一時半ぐらいまでの間、きまってこれが繰り返される。ひめじ釣りにしては時間がおそすぎるし、鮎子さんのいう通り水脈筋からもはずれている。いったいどんな目的で毎朝きまった時間に、きまったところに停まっているのか、それがわからない。このヨットを見かけるようになってから、これで五日になる。

芳衛さんが、結論をつける。これを倫理の先生の口まねでやってのける。

「……たぶん、海岸のザワザワした雰囲気が、諸君を刺激して、いささか神経質にしているんだと思います。……とにかく、諸君はあまり懐疑的です。……ことに、鮎子さんのごときは、何を見ても、怪しいとか、奇妙だとかいわれるが、鮎子さんが懐疑を持ったものをよく調べて見ると、怪しかったり奇妙だったりしたことはただの一度もないのです。