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キャラコさん

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久生 十蘭

01 社交室

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,043 字 · 56 页

青空文庫

もう、声を出すものもない。

槇子が、揺椅子から離れて山本氏の前に坐ると、だまって掌を差しだした。

山本氏はその掌をじっと眺めていたが、ゆっくりと顔をあげると、異様に光る眼差しで槇子の眼を瞶めながら、

「この掌は、いまあなたに非常な危険が迫っていることを物語っている。……この掌の中に表われていることを、みなさんの前ですっかり申してもよろしいか」

槇子は、サッと血の気をなくして、いそいで手をひっこめると、低い声で、

「いいえ、よく、わかってます」

と、いうと、逃げるように社交室を出ていった。

六

夜中から吹き出した強い冬の風は、夜があけてもおとろえずに、はげしい勢いで海の上を吼え廻っていた。

午過ぎになると、低く垂れさがった雨雲の間から薄陽がもれはじめ、嵐はおいおいおさまったが海面はまだいち面に物凄く泡だち、寄せかえす怒濤は轟くような音をたてて岸を噛んでいた。

しかし、嵐は海のうえにばかり吹いたのではなくて、ホテルのこの『社交室』も、今朝から一種の突風のようなものに襲われていた。

沼間氏について、想像だにもしなかった意外な事実が、あるひとの口からもらされたのである。