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ケーテ・コルヴィッツのがぎょう
ケーテ・コルヴィッツの画業
宮本 百合子
「アトリエ」1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,607 字 · 22 页
ケーテのある作品をシャウフェルがクリンガーの絵のようだといって感歎したということを伝記者がつたえている。おそらくそれは、クリンガーの作品にある人間の気高い感情を現わそうとする傾向ににている点をさしたのであろう。
クリンガー(一八五七―一九二〇)の芸術に畏敬と愛を感じながらも、その一つ一つを模写することは自分の真の成長にとって危険なことだと直感していたことは、ケーテの画家としての本質的な健康さであったと思う。
やがて予定の伯林滞在の期限がすんで、ケーテ・シュミットは故郷のケーニヒスベルクへかえってきた。シャウフェルは、父親に、ケーテが完成するまで自分の画塾に止るようにすすめたが、それが実現しないうちに、シャウフェル自身がイタリーのフローレンス市へ去らなければならないことになった。
「彼の辛い人間としての運命の道を終るべく」フローレンスに去ったといわれている。
ケーテは、ケーニヒスベルクの生れた家で肖像だの河港に働く労働者の姿だのを描きはじめた。今まで鉛筆でだけ描いていたケーテは、筆を使いはじめたが、そのときの教師はエミール・ナイデという故郷の町の芝居がかりの田舎画家であった。