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コーヒーてつがくじょせつ

コーヒー哲学序説

寺田 寅彦

「経済往来」1933(昭和8)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,126 字 · 11 页

青空文庫

ロシア人の発音するコーフイが日本流によく似ている事を知った。昔のペテルブルグ一流のカフェーの菓子はなかなかにぜいたくでうまいものであった。こんな事からもこの国の社会層の深さが計られるような気がした。自分の出会った限りのロンドンのコーヒーは多くはまずかった。大概の場合はABCやライオンの民衆的なる紅茶で我慢するほかはなかった。英国人が常識的健全なのは紅茶ばかりのんでそうして原始的なるビフステキを食うせいだと論ずる人もあるが、実際プロイセンあたりのぴりぴりした神経は事によるとうまいコーヒーの産物かもしれない。パリの朝食のコーヒーとあの棍棒を輪切りにしたパンは周知の美味である。ギャルソンのステファンが、「ヴォアラー・ムシウ」と言って小卓にのせて行く朝食は一日じゅうの大なる楽しみであったことを思い出す。マデレーヌの近くの一流のカフェーで飲んだコーヒーのしずくが凝結して茶わんと皿とを吸い着けてしまって、いっしょに持ち上げられたのに驚いた記憶もある。

西洋から帰ってからは、日曜に銀座の風月へよくコーヒーを飲みに出かけた。当時ほかにコーヒーらしいコーヒーを飲ませてくれる家を知らなかったのである。