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ジロリのおんな

ジロリの女

坂口 安吾

前半「文藝春秋 第二六巻第四号」1948(昭和23)年4月1日、後半「別冊文藝春秋 第六輯」1948(昭和23)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,597 字 · 102 页

青空文庫

こんなことは、この時までは殆んど、なかったことであった。そして、しばらく、何かをあたゝかく抱いているような様子であったが、

「この入れ歯、病院の奥様が私にお渡しの時は、汚い雑巾につつんでありましたのです。その雑巾で拾いあげたまゝを、お渡しになったのですわ」

なるほど、たゞは入れ歯を返してよこす筈はない。

ヤス子の笑顔のあたゝかさは、衣子の醜怪な憎しみに対して私へ寄せるいたわりのシルシであろうか。私はヤス子に、こんなにあたゝかく遇せられたことはなかった。怒りも羞らいも、私は忘れることができた。

「すると、あなたが、ハンケチに包んで下さったのですね。なんて、幸福なんだろう」

私はハンケチを押しいたゞいた。すると、胸がつまり、にわかに涙があふれでゝくるのである。私は押しいたゞいたまゝハンケチを目に押し当てゝごまかしたが、涙はいつまでもとまらず、顔を膝に当てゝ起すことができなかった。

★

私が美代子を誘拐したのは、それから二ヶ月ほど後のことであった。

私はヤス子の名を用いて美代子をよびだし、会員組織のホールへ案内して、今にヤス子がくる筈だからと、飲んで踊って酔わせておいて、じゃア、こゝのあとで、御飯をたべる約束だから、そっちで待っているのだろうと、さらに飲み屋へ案内して泥酔させ、前後不覚の美代子を