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ズラかったしんきち

ズラかった信吉

宮本 百合子

「改造」1931(昭和6)年7~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页

青空文庫

見物がてらブラついていたんだが、信吉は急にパンをかむのをやめて一つの硝子箱へ鼻をおしつけた。

米だぜ、こりゃ……!

「おい、ちょっと」

順を待ち切れずに信吉は、若い男の売子を呼んだ。

「この米、なんぼ?」

「半キロ一ルーブリ三十五カペイキ――子供の手帖もってるかね?」

「子供の手帖?」

バカにすんねえ。憚りながら一人前の大人だよ。信吉は威勢よく、

「これだ!」

と、ポケットからまだ新しい手帖を出して見せた。

「それじゃ駄目だ」

どうして※(疑問符感嘆符、1-8-77) すると、売子に砂糖をはからしていた若い女が愛嬌いい眼付で、笑いながら、

「米は、子供の手帖でだけ分けてくれるんだよ。それでなけりゃ、こういう手帖でなけりゃ駄目なのさ」

そう云って自分の赤い色の手帖を見せてくれた。

勢が挫けた信吉はおとなしく、

「それ、何の手帖だね」

ときいた。

「消費組合員の手帖さ……」

そして、いかにも気軽い調子でその女は信吉に云った。

「お前さんもお買いなね……どうして買わないの? 働いてるんだろ? じゃ何でもありゃしない。――あの窓口へ行ってそうお云い……ホラ、あの窓……」

年かさの女にすすめられ、信吉は断りきれなくなって、空箱をつみ上げた横の窓口へ行った。