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ズラかったしんきち

ズラかった信吉

宮本 百合子

「改造」1931(昭和6)年7~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页

青空文庫

「この室は、音楽家が」

ヴァイオリンを弾く真似をして見せて、

「二十ルーブリで住んでたんだ」

と云った。住居は、ソヴェトでは殆ど全部が国有だ。借りては、自分の収入に応じて、家賃を払う仕組みなんだ。ふむ。そうなけりゃなんねえ!

だが、古いこの木造の家に幾世帯も住んでるのは工場へ出ている労働者より、馬車引きや、信吉んとこの親爺のように許可露天商人みたいな稼業のものが多い。

この親爺は信吉が字がよめないもんだから、この前も、何だかスタンプ押した紙を見せて警察がどうとかだから一ルーブリ五十カペイキ出せと云った。

警察、警察って云って紙を押しつけ、手の平をつきつけた。警察にビクつく癖のついてる信吉は、あやうく一ルーブリ五十カペイキ出しかけたが、銭の惜しさが先立って、その紙を劉のところへ持ってって見せた。

そしたら親爺め! 信吉の住居届けを倍にふっかけようとしていたじゃねえか。大方、今度もそんなこったべ。

若葉の並木道はアーク燈に照らされ、歩いてゆく左右に高く青々した梢が見えた。ベンチはどれにも人がいるが静かで、アーク燈の下をブラブラ歩いてる者の声高の話だけが、しっとりした夜気に響く。