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ズラかったしんきち

ズラかった信吉

宮本 百合子

「改造」1931(昭和6)年7~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页

青空文庫

「グーロフだ」

「……似てるわ」

クラブを出て、花壇を歩きながら、オーリャが、

「お前、家族ないんだろ?」

と云った。

「ない」

「私知ってるよ、今、お前自分で自分に満足してやしないんだ」

「…………」

そりゃ本当だ。

カンナの花のわきで、オーリャがぴたりと立ちどまった。

「お前、お書き。……そうすりゃすっかりよくなるよ。……書くだろう?」

太陽はキラキラ照りつけて、工場の三本の煙突も、カンナの大きい花も、オーリャのすらりとした素脚も、青空といっしょに燃えるようだ。

「書く?」

「うん!」

「そうしなくっちゃいけないさ。〔十三字伏字〕、〔四字伏字〕区別なんぞないんだ。そうだろ?」

「俺は……」

「わかってるよ。ブルジュアの魔法さ」

オーリャは、信吉の顔の前で、艶々した唇をトンがらかして呪文をとなえる真似をした。そして笑い出した。

「さ、握手しよう!」

信吉はしっかり、細い、だが力のあるオーリャの手を握った。

「さきへ行って、食堂んとこで待っといで。いい? 私、コーリャよんで来てやるから。あの子、がっかりしてたよ、さっきは――」

信吉は、元気に手をふって花壇を足早に工場学校の方へ行くオーリャの後姿を長いこと立って見送ってから、食堂へ行った。