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ズラかったしんきち
ズラかった信吉
宮本 百合子
「改造」1931(昭和6)年7~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,656 字 · 110 页
「ふーん」
「お前知らないだろ?」
熱心な口調でエレーナが云った。
「あすこには、学校も劇場もあるんだってさ。……私は安心してるよ。大抵よくなるんだもの、帰って来ると」
「グリーゼル、前にも行ったのか?」
「あの男は初めてだろう。……でも私知ってるんだもの……」
ソヴェトでは、監獄というものが資本主義国とはまるで別な考えかたで建てられてる。エレーナの不充分な言葉にこもっている信頼から、信吉はそれをつよく感じた。
「……私の死んだお父つぁんがね、行ったことがあるんだよ。それは工場で、みんなに渡す作業服の買入れをごまかしたからなんだけれど。――本を読むようになって帰って来たもの……そして、それからいい労働者になった……」
電車通りへ向ってごろた石を敷きつめた早朝の通りは、働きに出る男女の洪水だ。こっちからむこうへ行く者ばっかりだ。
人波の中から、
「カアーチャ……」
いかにも調子よくひっぱった若い女の呼び声が起って両側の建物に反響した。ヒラリと三階の一つの窓から若い女が上半身のぞけた。
「今すぐゥ!」
そして、消えた。
「可愛い小母ちゃん
早くしてくれ
お粥がこぼれるよゥ」