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『ぐうぞうさいこう』じょげん

ゼエレン・キェルケゴオル

和辻 哲郎

和辻哲郎『ゼエレン・キェルケゴオル』。同一底本的分册已合并为一书。收入:『偶像再興』序言、「自然」を深めよ、ある思想家の手紙、生きること作ること、院展遠望、樹の根、偶像崇拝の心理、自己の肯定と否定と、すべての芽を培え、創作の心理について、停車場で感じたこと、転向、霊的本能主義、エレオノラ・デュウゼ、ベエトォフェンの面、「ゼエレン・キェルケゴオル」序。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 101,567 字 · 212 页

青空文庫

たとえば我々はある人の顔の筋肉が動くのを見て、その人の喜怒哀楽やまたそれ以上に複雑なさまざまの心持ち・思想などを感知する。我々の眼に映じたその微かな筋肉の動きと我々の感じたその内生とは、実際全く似よりのないものである。この二つは何ゆえに直接に結びつくのか。

これは恐らく我々の「生」に相通ずるものがあるからである。我々はそれ以上に原因を知らない。ただ事実として直接にこの「生」の融合交通のあることを経験する。――しかし我々は、この際我々の感ずるものが厳密に我々自身の感じであることを忘れてはならない。もとより我々は、それを自分の感情として経験するのではなく、あくまでも対手の感情として、自意識を離れて感ずるのである。その焦点にはただ対手の感情のみがあって、自分はない。むしろ自己が、その焦点において、対手の内に没入しているのである。けれどもいかに自分を離れた気持ちになっていても、「自分」が「対手」になることはできない。対手の感情を感じながら、実はやはり自分自身の感情を感じているに過ぎない。いわば自己を客観化して感じているのであって、対手はただ、その自己客観化を触発するにとどまるのである。