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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

「やあ! 奴等はとうとう俺の姿を発見して、動員の鐘を打ちはじめたぞ!」

半鐘の音は物凄い唸りをひいて山々に反響し、擂鉢の底にとぐろを巻きながら、虚空に向って濛々と訴えている。――私は、眼を閉じて、ふるえる掌に石をつかんだ。私は、唇を噛み、

「このゴリアテの馬奴!」

と怒号すると同時に、哀れな右腕を風車のように回転して、コントロールをつけると、ダビデがガテのゴリアテを殺した投石具もどきの勢いで、はっしと、ゼーロンを目がけて投げつけた石は、この必死の一投のねらい違わず、ゼーロンの臀部に、目醒しいデッドボールとなった。

ゼーロンは後脚で空気を蹴って飛び出した。続け打ちにして、駆け抜けてしまわなければならない。私は重荷に圧しつぶされそうにパクパクと四ツん這いになったまま、全速力で追い縋ると、もう次第に脚竝みをゆるめはじめたゼーロンの頤の下にくぐり抜けていきなり、えいッ! という掛け声と一緒に、飛鳥の早業で跳ねあがるや、昔、大力サムソンが驢馬の顎骨を引き抜いた要領に端を発する模範的アッパー・カットの一撃を喰わした。惜しい哉、それは、ゼーロンが首を半鐘の方に振り向けた瞬間で、私の拳は空しく空を突きあげてしまった。