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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

一隊の所有するホースでは長さが不足して、小頭らしい一員が火の見の梯子を昇って行くと、帽子を振りながら遠方の一隊に向って、

「ホース……ホース……」と叫んでいるのが聞えた。火の手は納屋から母屋に攻め寄せたらしく、煙が暫し空に絶えたかと思うと、間もなく真白になって軒の間からむくむくとふき出した。

「ホース……ホース……ゼーロン……」

梯子の男の声が不図そう私に聞えた。見るともう、ホースは畦道の小川まで伸びて、それに綱引きのように人がたかっている。そして間もなく細い水煙が軒先を目がけて、ほとばしっていた。ポンプをあおる決死の隊員の掛声が響いて来た。

「俺に応援に来いとでも云うのかしら?」

……「おうい、ゼーロンの乗手……こっちを向いてくれ、頼みがあるぞ!」

と聞えた。私は、鬣の中に顔を伏せながら薄眼で、そっちを覗いた。――よくよく見ると、梯子の男は、森の、あの喫煙家だった。巧みに消防隊の一員に身を窶している。そして、彼は半鐘打ちに代って、鐘を叩いているが、人々は消防に熱中しているので、その鐘の打ち方が、彼が輩下の者と連絡をとるための暗号法に依っているのに気づこうともしない。