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ゼーロン

ゼーロン

牧野 信一

「改造」1931(昭和6)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

山裾一面の森は森閑として、もう薄暗く、突き飛ばされる毎にバッタのように驚いてハードル跳びを続けて行く奇態な跛馬と、その残酷な馭者との直下の眼下から深潭のように広漠とした夢魔を堪えていた。――背中の像が生を得て、そしてまた、あの肖像画の主が空に抜け出て、沼を渡り、山へ飛び、飜っては私の腕を執り、ゼーロンが後脚で立ち上り――宙に舞い、霞みを喰いながら、変梃な身振りで面白そうにロココ風の「四人組の踊り」を踊っていた。綺麗な眺めだ! と思って私は震えながら荘厳な景色に見惚れた。

半鐘が微かに聞えていたが、もう意味の判別はつかなかった。然しそれは私達のカドリールの絶えざる伴奏になっていた。

「こいつは――」

不図私は吾にかえって、背中の重荷を、子守りがするように急にゆすりあげながら呟いた。――「鬼涙沼の底へ投げ込んでしまうより他に手段はないぞ。」

絶え間もない突撃をゼーロンの臀部に加えながら、沼の底に似た森にさしかかった。樹々の梢が水底の藻に見え、「水面」を仰ぐと塒へ帰る烏の群が魚に見え、ゼーロンにも私にも鰓があるらしかった。――それにしても重荷のために背中の皮膚が破れて、ビリビリと焼かるるように水がしみる! 血でも流れていはしないか? と私は思った。