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チェーホフしろん
チェーホフ試論
神西 清
――チェーホフ序説の一部として――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,618 字 · 41 页
それは非情と相俟って、彼の存在を支える車の両輪だったとさえ言っていい。実際もし彼に笑いがなかったら、通常われわれ人間という弱き者にとって最後に残される支えであるところの憎悪からも完全に切断されている彼の非情から生れる芸術は、一たいどんな形をとることになったか想像も及ばないのだ。チェーホフの笑いが彼の生活と芸術に与えた影響の深さについては、とてもこの短文では述べきれないのだが、以下はこの稿のしめくくりをつける意味で、問題のありかを二三指摘するにすぎない。
通説によればチェーホフの文学生活は、一八八七年『イ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ーノフ』を境目にして、前後の両時期に分かれる。前期はアントーシャ・チェーホンテという筆名をもった一時代で、つまり初期のユーモア作家としての活動期である。後期はこれと明白に区別されるいわばチェーホフの本格的な文学生活であって、この時代の特質は絶望と哀感のしらべである。だが、このように明らかな一線を引くことは果して可能だろうか。私は少からず疑問をもつ。前に私は彼の非情の発生を考えて、それが必ずしもいわゆる八〇年代の空気から生れたものでないこと、むしろ殆ど彼の持って生れた稟質によるものであることを、ほぼつきとめたように思う。