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ドーヴィルものがたり

ドーヴィル物語

岡本 かの子

「経済往来」1933(昭和8)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,723 字 · 44 页

青空文庫

その馬群が投げられた球を追って道端の柵までどっと押し寄せる気配いを受けて、高く嘶いてダクを踏んだ馬が一つ、小田島の行手の道の接骨木の蔭に居る。彼が注意深く接骨木の根の叢を廻って行くと、その馬の轡を取って一人の男が呆然と停って居る。その男は、前夜小田島がカジノの切符台に納って居るのを見た勘定係の四十男だった。馬は華奢な白馬で、女鞍が置いてあり、鞍にリボンなど着いて居るのを見ると、ひょっとしたらイベットの馬かも知れない。イベットがこの男にこんな役目を勤めさせるほど、何時の間に手馴着けたものかも知れない、と小田島は直覚的に考えた。

――お早う。これはマドモアゼル・イベットの馬じゃ無いですか。マドモアゼル・イベットは今、何処に居られますか。

男は別に意外な顔もせず答えた。

――ほう、あなたはマドモアゼル・イベットを御存じですか。マドモアゼルは今、其処の崖を降りてお寺へ行って居ます。坊さんに知り合いがあるので賽銭の上り高を聞くのだと仰ってでした。あの娘さんは実に熱心な社会学者ですな。

彼も相槌を打つ。

――そうですな。本当に熱心な社会学者ですな。

同時にこの物知り顔の男に序に探ぐって置くことがある。