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ノンシャランどうちゅうき

ノンシャラン道中記

久生 十蘭

06 乱視の奈翁 ――アルル牛角力の巻――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,357 字 · 27 页

青空文庫

に至っては、誠にもって至妙の術。これに出あってはいかなる猛牛といえども手も足も出ない。されば、ヘルキュレスはマルセーユにほど遠からぬフォレの荘園に眷属、門弟およそ三百匹をひかえ、当時飛ぶ鳥も落そうという威勢である。

ここに、六月のとある日、コン吉とタヌが旧港に近い旗亭の露台で名代の香煎魚羮を喰べ、さて次なる牛肉網焼を待っていると、手近な窓から、見るも無惨に痩せ果てた牛が首を差し入れ、水洟をすすりながら、

「モウ!」と鳴いた。タヌはそれを見るより、

「あら、いやよ! 給仕。これではあまり生焼過ぎるわ。もう少しよく火を通して来てちょうだい」といったのはまた無理もない次第であった。

給仕も飛んで来て、しきりに、しっ! しっ! と追い立てるが一向に動かない。そこでコン吉がつくづくと眺めると、どうやら辱知の牛である。

「タヌ君、どうもこれはどこかで見た牛だと思うが、心当りはないかね。それとも照り焼きになるのが嫌いで命乞いに来たのだろうか」と、神秘的なことをいう。そういわれてタヌもしきりにためつしかめつしていたが、やがて急に膝を打って、

「これはコルシカのポピノの家にいたナポレオンよ。