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マダムさだやっこ

マダム貞奴

長谷川 時雨

「婦人画報」1920(大正9)年2~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页

青空文庫

楽人は悼みの曲を奏し、市人は感嘆の声をおしまず、文章家は彼女が生れたおりから死までが、かくなくてはならぬ人に生れたことを、端厳な筆に綴りあわせたであろう。わたしはそうした終りを最初の女優のこの人に望んだ。そう望むのが不当であろうとは思っていない。

引退のおりの配りものである茶碗には自筆で、

兎も角ものがれ住むべく野菊かな

の詠がある。自選であるか、自詠であるかどうかは知らないが、それにしても最初の句の「ともかくも」とは拠どころなくという意味も含んでいる。仕方がないからとの捨鉢もある。まあこんな事にしておいてという糊塗した気味もある。どこやらに押付けたものを籠めていて不平がある句といってもよい。「とりあえず」「どうやらこうやら」という意にも訳せないことはないが、それでは嘘になる。何故ならば、彼女の引退は突然の思立ちかも知れないが、そうした動機が読みこまれているようにはとれないほど準備した興行ぶりであった。住む家もこれからの生活も安定なものである事は誰れも知ったことで、無常を感じたり、禅機などから一転して急に世からのがれたくなったのではない事はあんまり知れすぎていた。