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マダムさだやっこ
マダム貞奴
長谷川 時雨
「婦人画報」1920(大正9)年2~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页
そして二代とも芳町の「奴」で通る有名な女だった。先代の奴は、美人のほまれだけ高くて早く亡びてしまった。重い肺病であったが福地桜痴居士が死ぬまで愛して、その身も不治の病の根を受けたという事であった。後の奴が川上貞奴なのである。
貞奴に逢ったのは芝居の楽屋でだった。市村座で菊五郎、吉右衛門の青年俳優の一座を向うへ廻して、松居松葉氏訳の「軍神」の一幕を出した、もう引退まえの女優生活晩年の活動時機であった。小さな花束を贈ったわたしは楽屋へ招かれていった。入口の間には桑の鏡台をおいて、束髪の芳子(その当時の養女、もと新橋芸者の寿福――後に蒲田の映画女優となった川田芳子)が女番頭に帯をしめてもらって、帰り仕度をしているところであった。八畳の部屋が狭いほど、花束や花輪や、贈りものが飾ってあって、腰の低い、四条派ふうの金屏風を廻らした中に、鏡台、化粧品置台、丸火鉢などを、後や左右にして、くるりとこっちへ向直った貞奴は、あの一流のつんと前髪を突上げた束髪で、キチンと着物を着て、金の光る丸帯を幅広く結んだ姿であった。顔は頬がこけて顎のやや角ばっているのが目に立ったが、眼は美しかった。