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マダムさだやっこ
マダム貞奴
長谷川 時雨
「婦人画報」1920(大正9)年2~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,999 字 · 53 页
三
歴代の封建制度を破って、今日の新日本が生れ、改造された明治前後には、俊豪、逸才が多く生れ、育くまれ培われつつあった時代である。貞奴は遅ればせに、またやや早めに生れて来たのである。生れたのは明治四年であった。そして後年、貞奴に盛名を与えるに、柱となり、土台となった人々が、みな適当な位置に配置されて、彼女の生れてくるのを待つ運命になっていた。
もし彼女の生家が昔のままに連綿としていたならば、マダム貞奴の名は今日なかったであろう。新女優の祖川上貞奴とならずに堅気な家の細君であって、時折の芝居見物に鬱散する身となっていたかも知れない。
明治維新のことを老人たちは「瓦解」という言葉をもって話合っている。「瓦解」とは、破壊と建設とをかねた、改造までの恐しい途程を言表わした言葉であろう。すべての旧慣制度が破壊された世の渦は、ことに江戸が甚しかった。武家に次いでは名ある大町人がバタバタと倒産した。お城に近い日本橋両替町(現今の日本銀行附近)にかなりの大店であった、書籍と両替屋をかねて、町役人も勤めていた小熊という家もその数には洩れなかった。家附の娘おたかは御殿勤めの美人のきこえたかく、入婿の久次郎は仏さまと呼ばれるほどの好人物であった。