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マリア・バシュキルツェフのにっき
マリア・バシュキルツェフの日記
宮本 百合子
「新女苑」1937(昭和12)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,569 字 · 24 页
ものだという間違った説明をふきこまれたまま怒っている姿は哀れである。
ロシアの一八六〇年代から八〇年代は、単にロシアにとってばかりでなく世界の人類の進歩、解放の歴史に大きい意味を与えた時代であった。ロシアでは一八六一年農奴解放が行われたが、これはドイツにおける農奴解放と同様にこれまでの農奴として地主のために賦役させられた農民が、今度は生きるために「自分の意志」で賦役制度にしたがわなければならないことになった。農民の貧困は改善されなかった。それこそ、マリアが知っていれば何よりきらいな、うそといつわりの解放であった。この重大な時期に、マリアがロシアに生活せず、パリやニイスやイタリーを親切ではあるが旧時代の世界に住んでいる女親たちにとりかこまれて、領地の農民たちからしぼりとった金を使いながら歩きまわっていなければならなかったことは、マリアの知らない生涯の大損失であった。当時ロシアの貴族の若い娘たちの中から、卓抜な努力的な新しい道を生きた婦人たちが何人か出ている。例えば十九世紀の後半、全欧州を通じてもっとも著名な女流数学者であったソーニァ・コヴァレフスカヤは、マリアより十歳の年上であった。