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マルおよびムレについて
マル及ムレについて
木暮 理太郎
「霧の旅」1937(昭和12)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,258 字 · 30 页
アイヌ語のキムイも山の称呼であると同時に亦頭の天辺をもそう呼んでいる。私共が或山を指して何の頭と呼ぶのとは、多少趣を異にしているが、根本に於ては通じている。モイがモリの変化したものであろうことは言う迄もあるまい。
ムレは、モロがムロとなりムレとなったのかも知れぬ、山をムレと読ませる例は『書紀』や『続日本紀』に多く載せてある。
辟支山 古沙山 谷那鉄山 帯山 久礼山 荷山 居層山 怒受利之山 任叙利山
などがそれであって、皆韓地の山である。斉明天皇の御歌に
いまきなる をむれかうへに 雲たにも
しるくしたゝは なにか歎かむ
とある「をむれかうへ」は即ち小山が上で、我上代でも山をムレと呼んだ証ともなるが、尚お韓語の匂が濃いようである。いまきは応神天皇の御代に阿智使主が十七県の党類を率いて来帰し、檜前村を賜わった、新来の帰化人を居らしめたので今来の地名が生じたのである、今の高市郡はもと今来郡であった。雄略天皇の
やまとの をむらのたけに しゝふすと
と歌い給うた御歌は、『古事記』には
みえしぬの をむろがたけに しゝふすと
とありて、勿論今来のヲムレとは別の山であるが、ムラが山の義であるならば、ムレ、ムラ、ムロと通じて用いられた事になる、紀伊の牟婁郡は即ち山の郡の義であろう。