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モスクワのつじばしゃ
モスクワの辻馬車
宮本 百合子
「読売新聞」1931(昭和6)年1月1日、4日、6~9日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,305 字 · 17 页
リーダが親切をこめた悪口の調子で云った。
――シベリアの中途で鼻がクスクスしたらこれなめて寝床へもぐってなさい! 明日ステーションで会うけれど。
――あ、リーダ、あんた五ルーブリこまかくしてくれない?
一旦出かけたのを戻って日本女がきいた。
――私馬車へ二ルーブリ払わなけりゃならないんだけれど、きっと釣銭がないって云うだろうから。
引こんで、三ルーブリ札を二枚もったリーダが廊下へ現れた。
――さ、これ!
――どうして? 六ルーブリじゃないの!
――かまやしない。三ルーブリの札しかないのよ、今私んところにも。
――じゃ、ありがとう。貰っとく。
リーダは階段のところまでついて来て日本語で「サヨナラ」と云った。
ばねをゆすって再び馬車にのる日本女を例の横目で見て、
――手間どったじゃありませんか。
御者が重い不平そうな喉声で云った。
――どうして? 私は五分位しか家の中にいなかった――
が、日本女の思想は一つとこに止まっていず、彼女はその不平に対して無頓着そうに云った。
――まあいい。次はトゥウェルスカヤ六十八番地。
数日、日本女はほんのわずかずつ眠った。