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モスクワいんしょうき

モスクワ印象記

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,941 字 · 42 页

青空文庫

日本女は、てすりによりかかり、文法没却法で彼女と話した。

――今夜寒い。

――寒い! 貴女の部屋は? 温くありませんか?

――部屋は温い、もちろん! ここ、廊下にいて寒くない? あなたの家は温い?

――温い。西日がさす。温いけれど夏はやりきれない。

――西日は体によくない。

――よくない。

――丈夫? あなた。

――肺がわるい。――二期――分ります? 私の云うこと。ここ、肺、ね。私は技術がないから他の働きができない。

サナトリアムは満員だ。日本には肺の悪い人がいるだろうか。流感がこんな置土産をしていった。三期になったらサナトリアムへ行けるだろう。そんな話をする。

廊下の白い壁に質素な円時計がかかっていて、半時間ごとに、彼女たちの頭のうえで時を打った。その時計の鳴る音を、日本女は床の中で眠らず六つまできくこともある。雪と煤煙とのモスクワ、きたなさのうちに美しさがある居心地よいモスクワの日の出は七時半だ。

一九二〇年には百二万八千であったモスクワの人口が一九二六年に二百一万八千に増大した。この結果、モスクワでは、四つの世帯がたった一つの台所しかない貸室に生活を営み、あらゆる小学校は二部教授をさずけ、Yと私とはすでに二ヵ月、ホテルの一室に生活しつづけなければならないことになる。