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ヤトラカン・サミはかせのいす
ヤトラカン・サミ博士の椅子
牧 逸馬
「新青年」博文館、1929(昭和4)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,010 字 · 26 页
ヤトラカン・サミ博士は、この、売占乞食に紛らわしい風体でもう、何年となく、せいろん島コロンボ市の、ことにマカラム街の珈琲店キャフェ・バンダラウェラのあたりを、一日いっぱいうろついて、街上に、白い旅客たちの旦那と奥様たちを奇襲して、その手相を明らかにあらわれていると称して、ひどく猥褻なことを、たとえばあの、Kama Sutra や Ananga Ranga にでてくるような、閨技の秘奥や交合の姿態などを細密に説いて、旦那がたをよろこばせ、若い夫人たちの顔を赫くするのを、半公認の稼業にしているのだった。だから、一般の市民の眼には、博士は、りっぱな「狂気の老乞食」に相違なかった。が、きちがいでも、乞食でも、これが博士の興味の全部であり、生き甲斐を感ずるすべてであり、そうして、不本意ながら食物のために必要な零細な印度銀を得る唯一の道だったので、博士としては、じつに愉快な、満足以上に満足な仕事だったろう。なかでも、白い美婦人の手をとって彼女の性生活を言い当てたり、あたらしい秘密の刺激をあたえたりするときは、老年の博士自身も、どうかすると、その大椅子の上で、ふと異常な興奮を感ずるようなことがないでもなかった。